陰隲文(いんしつもん)

帝君曰く、

吾れ、一十七世の間士大夫の身となりしが、未だ嘗て民を虐(しいた)げ、吏を酷にせず、
人の難を救い、人の忙を済(すく)い、人の孤を憐(あわれ)み、人の過(あやまち)を容(い)れ、
広く陰隲(いんしつ)を行い、上(かみ)蒼穹(そうきゅう)に格(いた)れり。
人能(よ)く我の如くに心を存せば、天は必ず汝に賜(たま)うに、福を以てせんと。

ここにおいて、人に訓(おし)えて曰く、

昔し于公は獄を治めて、大に駟馬の門を興し、竇(とう)氏は人を済(すく)いて、高く五枝の桂(かつら)を折り、蟻を救いては、
じょう元の選(えらび)に中(あた)り、蛇を埋めては、宰相の榮を享(う)く。

福田(ふくでん)を広めんと欲せば、須(すべから)く心血(しんち)を平にすべし。
時時の方便を行い、種種の陰功を作(な)せ。物を利し、人を利し、善を修め、福を修めよ。
正直は天に代りて化を行い、慈祥は国の為に民を救う。主に忠にし、親に孝にし、兄を敬い、友に信になれ。

或るは、眞君を奉じて北斗に朝(ちょう)し、或るは仏陀を拝して経文を念ぜよ。
四恩に、報答して、三教を広行せよ。
急なるを救うことは、涸(か)れたる轍(わだち)の魚を済(すく)うが如し、危きを救うことは、密(こまか)なる羅(あみ)の雀(すずめ)を
救うが如くせよ。

孤(みなしご)を矜(あわれ)み、寡(やもめ)を恤(めぐ)み、老いたるを敬い、貧しきを憐め。

衣食を措きて、道路の飢寒に周(あまね)くし、棺槨を施して、尸骸の暴露を免れしむべし。

家富ては親戚を提携し、歳飢えては隣朋を賑し済(すく)え。
斗秤は須(すべから)く公平なるを要すべく、軽く出し、重く入るべからず。

奴僕は之を待つこと寛恕なるべく、豈に宜しく備(つぶさ)に責め苛(きび)しく求むべけんや。

経文を印造し、寺院を創(はじ)め修めよ。
薬材を捨てて、以て疾(や)み苦しめるを拯(すく)い、茶湯(さとう)を施して、以て渇(かわ)きを煩(わずらわ)しきを解け。

或るは物を買いて生を放ち、或るは斎を持して殺を戒めよ、歩を舉げては、常に蟲蟻を看(み)、火を禁じては山林を焼くこと莫(なか)れ。

夜燈を点じて以て人の行いを照し、河船を造りて以て人の渡るを済(すく)え。

山に登りては、禽鳥を網する勿(なか)れ。
水に臨みては、魚蝦を毒する勿(なか)れ。
耕牛を料理する勿(なか)れ。
宇紙を棄つる勿(なか)れ。
人の財産を謀る勿(なか)れ。
人の技能を妬む勿(なか)れ。
人の妻女を淫する勿(なか)れ。
人の争訟を唆(そそ)る勿(なか)れ。
人の名利を壞(やぶ)る勿(なか)れ。
人の婚姻を破る勿(なか)れ。
私讐に因りて、人の兄弟をして不和ならしむる勿(なか)れ。
小利に因りて、人の父子をして不睦ならしむる勿(なか)れ。
権勢に倚(よ)りて、善良を辱むる勿(なか)れ。
富豪を恃(たのみ)て窮困を欺く勿(なか)れ。
善人には之に親近して、徳行を身心に助けよ。
悪人をば、之をして遠避して、災殃を眉睫(びしょう)に杜(と)じよ。

常に須(すべから)く、悪を隠し善を揚ぐべく、口には是として、心には非とすべからず、
道を礙(さまた)ぐるの荊榛(けいしん)を剪(き)り、塗(みち)に当るの瓦石を除け。
数百年崎嶇(きく)の路(みち)を修め、千萬人来往を橋を造れ。

訓を垂れて、以て人の非を格(ただ)し、資(し)を捐(す)てて以て人の美を成せ。
事を作(な)しては、須(すべから)く、天理に循(したがう)べく、言を出しては、人心に順(したが)うを要す。

先哲を羹牆(こうしょう)に見、獨知を衾影(きんえい)に慎め。

諸(もろもろ)の悪しきことをば作(な)すことなく、衆(もろもろ)の善きことを奉行せば、永く悪しき曜(ほし)の加臨無く、
常に吉き神の擁護あらん。

近き報は、即ち自己に在り、遠き報は、即ち兒孫に在り、百福駢(なら)び臻(いた)り、
千祥雲のごとくに集るは、豈(あに)陰隲の中より得来る者にあらずや。



※(宋の宋郊、宋祁兄弟が、進士の試験を受けたりし時、弟が首席となりしを、兄の首席と改められたるは、かつて蟻の溺れんとするを
救いたる陰徳の報いによれりとのことなり。)

※(周の時代に楚の孫叔教、両頭の蛇を見て、殺して之を埋めたり。
こは、此の蛇を見るものは、命を失うべしと言い伝うるによりて、他人の禍とならざらんが為なり。この陰徳によりて、宰相の位に至れり。)

 

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