【秘法ナワリズムの故郷、マリナルコは異次元への入り口だった!】
変身、それは我々の魂の希求であり、また怖れでもあった。
前者は、希望のしるしとしての、後者は原罪の認知としての。
アステカの人々が言葉少なに示したのは、前者の、希望に満ちた福音である。
我々の異次元世界への願望を、人類進化の真の姿として実現した、ナワリズムの源泉がここにあった――。
【ワシの騎士たちの寺院へ参入する】
物質の秘奥に通じ、死をも克服するというナワリズム。
私は、アステカに残る言い伝えや、古文献の研究を通して、あるいはカスタネダの驚異の書を通して、その超常的な秘法に魅入られてきた。
レビテーション(空中浮揚)や、水上歩行、炎上歩行、さらに敵の目をくらます為にナワールに変身する術……。
ナワリズムの秘儀をマスターしたものには、不可能なことがない。
ナワールに変身する事は、影やワシ、トラなどに変身して、雲の近くまで飛び上がったり、山々を疲れる事なく疾走したりする事だ。
このアート(技術)を教える「学校」が、メキシコ・マリナルコの、シエラ・マドレ山脈の高地に、今も存在する。
これを知った私は、早速現地へ足を運んだ。
元来この学校は、「ワシの騎士」「タイガーの騎士」(必要に応じてワシやタイガーに変身し、人間の肉体的条件を克服した戦士たち)の修行のために、アストラン(アステカの祖先の住む世界)の、優れた職人・技師たちによって建てられたものであった。
ここで、前述の秘法が伝授されたのである。
しかも、ここでは現在も、その伝統が保存され、実際にナワリズムを教え、かつ実行されているという。
マリナルコは、メキシコの首都、メキシコシティーの南西110キロの所にある。
メキシコシティーから、海抜3千メートルの山々を越え、トルーカの火山付近を通り、左に折れて、有名な聖地チャルマの寺院まで行く。
ここからは既に、奇妙な形をしたマリナルコの、岩だらけの山々が見える。
巨大な松の木の林をくぐり抜け、左に折れると、道の両側にトウモロコシ畑が続く。
この地方の原住民たちは、トウモロコシを主食とし、マゲイという竜舌蘭に似た植物から、羊皮紙、石鹸、繊維を取り、成熟した後には、幹のコラソンという部分から、アグア・ミエル(蜂蜜の水の意)を吸い出し、プルケという日本のどぶろくに似た、白く濁った発酵酒を造る。
山の麓に着くと、小さなマリナルコの村である。村に入ると、すぐ中央広場に出る。
そこにメルカードという市場が並び、一隅に16世紀に建てられたという、アウグスティン派の修道教会がたたずんでいる。
【1枚の岩を掘り崩して造られた寺院】
ここから、いよいよ目指す学校へと登る道が始まるのである。
少し進むと、とくとくと湧き出ている泉にぶつかる。
この泉の溢れんばかりの清水は、ずっと昔から、村の飲料水、農業用水として使われているという。
さて、ここまで来ると、遺跡の一部が視界に入ってくる。
ほとんどが破壊されていて、往時の面影は偲ぶべくもないが、その上、キリスト教勢力がこの地にも伸びてきて、同じ場所に、ミカエル大聖堂を建てたのだ。
このすぐ裏手から、山へ登る階段が続く。
ノパルという名のサボテンが、豊富に見られるようになる。
このサボテンの実(ツゥナ)が、大変美味しい。
葉も、トゲを取って食用にするが、栄養価が高いだけでなく、直接チャクラ(内分泌腺)に作用するので、薬用としても珍重されている。
特に、糖尿病に対する薬効は有名である。
ぶ厚い肉の、しかも柔らかい葉をミキサーにかけ、どろどろの液体を作り、一晩中夜気に当てて寝かした後、翌日の朝食前に飲む。
直接すい臓の働きを促進させるので、7日間続けると、糖分の含有量を下げる、と言われる。
この近辺には、コロラドという、珍しい木がある。
見かけは普通の木だが、樹皮に傷を入れると、真っ赤な血のような樹液を出すのだ。
コロラドというのは、「色のついた」という意味である。
さて、息を切らして頂上に辿りつくと、やっと目的の学校=寺院が目に入る。
岩山を切り崩し、彫って造ったものだ。
その独特な造りは、心なしか、チベットのラマ教寺院を思わせる。
メソアメリカには、何千という数の寺院やピラミッドが存在するが、この寺院のように、岩山自体を彫ってできた1枚岩のものは、大変珍しい。
160万キロの岩を掘り崩したもので、階段や他の造作、ワシやタイガーの彫刻など、すべて同じ一つの岩でできている訳だ。
巨大な蛇が口を開いた形の入り口を入ると、円形の神聖な広場だ。
寺院の敷居をまたぐ事のできる者は、蛇に飲み込まれなければならないのだ。
それは、物質世界を超越し、精神(魂)の世界に甦ったことを意味するのである。
ただ、ここを潜り入ればよいというわけではない。
日常の姿で入っても、何も意味はないのだ。
今ではこの寺院、ナワリズムの初級を卒業した人が、アストラル体(星気体)となって、初めて入門が許されるのである。
かつてのワシの騎士や、タイガーの騎士たちが、異次元世界で今も、下界の人間たちの魂の飛翔を待っている。
丸い境内には、ワシとタイガーの彫像が座り、異次元への入門者の品定めをしているようだ。
私は、それらの彫像の放つ異様な、あるかなきかの視線に、ナワリズムの豊かな未来を感じざるを得なかった。
求めよ、さらば……と、それは言っているのだ。